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2011年9月 7日 (水)

枠を外す

前に書いた、自分の中の考え方、という枠も、自分のブレーキになる事があります。
自分でつくる自分の枠

こういう時はこうする、とか、主婦ならこうするべきでしょ、とか。。。個人個人、またそれぞれの家庭で決まっている(と思っている事)であっても、他の人、他の家で違うことはたくさんあると思います。

たとえば、
私は結婚したとき、夕食には毎回みそ汁を出していました。ところが、主人の実家は、みそ汁のこともあり、スープの事もあり、汁物はないこともあり。。。だったので、けっこうびっくりしたらしいです。なんで、毎回みそ汁なんだ?って。でもそれは、私にとっては「あたりまえ」だったんですよね。

自分の枠は、これまで生きて来た中で自分で身につけてきたものなので、あまりに自然すぎて自分では気がつき難いもの。習慣になっていることさえ、ありますね。

それだけに、自分の行動を制限してしまう原因になってしまいますし、相手をつい批判してしまう理由になってしまいます。

その枠に気がつく1つのきっかっけは。。。

人の話を聞く事。友人と話していて、

え?そんなことするの?

え?そうしないの???

という展開、たまにありませんか?

そんな時に「自分ならこうするのに」「相手の方が変でしょう」ではなくて、
「へ〜そういう考え方もあるのか〜」
「それも、ありかな」
という風に、柔軟にうけいれる。

その後自分がどうするか、は自由です。
やっぱり、自分のやり方のほうがいいよね、でもかまいません。

でも人のやり方、考え方をいったん受け入れた分、自分の「枠」がちょっとだけ、ゆる〜い物になっていると思います。

その「隙間」加減が、すこ〜し、人生を楽なものにしてくれる、かもしれないな、と思います。

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コメント

沖縄の市場で買ったお肉が送られてきました。
調理しながらブログを拝見しています。

自分の常識の中に存在しない、お肉の売り方と調理方法を我が身に受け入れるにはそれなりのハードルがありました。

受け入れ可能と不可能の差は、相対する人の人柄だろうかと・・そんな事を思いながら鍋を覗きこんでいます。

投稿: 上原 幸枝 | 2011年9月 7日 (水) 14時14分

>上原様
確かに相手の方の人柄によって、同じ事でも素直に受け入れられたり、そうでなかったり、ということはありそうですね。それでも、全く新しい事に挑戦するにはそれなりの勇気がいりそうです。味覚というのが、記憶と結びついたなかなか動かしがたい感覚であるだけに、上原さんの勇気には感服します!

投稿: thinkingcat | 2011年9月 8日 (木) 06時57分

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